原発のない社会をめざして 2012年08月

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原発訴訟で安全審査を 裁判官の研究会、改革論相次ぐ

司法にも、ようやく動きが出てきたようです。これはとても良い傾向だと思います。全国の心ある裁判官の方達!どうかさまざまな誘惑や圧力に負けずに頑張ってください。あなた達が最後の砦なのです。
以下は、中国新聞より転載です。
 






【原発訴訟で安全審査を 裁判官の研究会、改革論相次ぐ】
中国新聞 2012年8月31日

最高裁が開いた原発訴訟をめぐる裁判官の研究会で、国の手続きの適否を中心としてきた従来の審理にとどまらず、安全性をより本格的に審査しようという改革論が相次いでいたことが30日、共同通信が情報公開請求で入手した最高裁の内部資料などで分かった。

裁判所はこれまで原発訴訟のほとんどで「手続き上適法」などとして訴えを退けてきた。改革論が浮上した背景には、東京電力福島第1原発事故を踏まえ、このままでは司法の信頼が揺らぎかねないとの危機感があるとみられる。原発訴訟の審理の在り方に変化が起きる可能性がある。

最高裁は今年1月26、27の両日、全国各地の裁判官35人を集めて特別研究会を開催。裁判官は自分で問題を設定して対応策を記した報告書を提出、議論のたたき台にした。

原発訴訟について報告書を出した7人のうち5人が、これまでの訴訟の在り方について問題を提起したり、安全審査を進める具体的手法について意見を述べた。研究会の関係者は、裁判所が安全性の審査により踏み込む必要性については、ほかの参加者にも異論はなかったとしている。

内部資料によると、ある裁判官は「放射能汚染の広がりや安全審査の想定事項など、福島事故を踏まえ、従来の判断枠組みを再検討する必要がある」と提案。安全性の審査・判断を大きく改めるべきだとの考えを示した。国、電力側の提出した証拠の妥当性をこれまで以上に厳しく検討する狙いとみられる。

別の裁判官は「原子炉の安全性を審理判断するに当たり、専門的・科学的知見をどのような方法で取り入れていくべきか」と問題設定した上で、証人調べは「一方に有利になることは避けられない」と指摘し、「複数の鑑定人による共同鑑定が望ましい」と述べた。

裁判官の独立は憲法で保障されている。最高裁は「研究会は裁判官の研さんが目的で、個々の判断を縛るわけではない」としている。

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脱原発 堂々巡りを断ち切るには

西日本新聞の社説です。“脱原発依存”などという玉虫色の表現をやめて、はっきり脱原発に向かう道筋を政府が立てるべきとの論調で、なかなか良い記事だと思います。以下は転載です。








【脱原発 堂々巡りを断ち切るには】
西日本新聞 2012年8月30日

「脱『原発依存』」と「脱原発」は当然ながら、意味合いが大きく異なる。脱原発では将来的に原発ゼロを目指す。その目標がはっきりしているのに対し、脱原発依存はそこがややあいまいである。

原発を含む日本の中長期的なエネルギー政策の取りまとめを主導する古川元久国家戦略担当相はどう考えているか。「脱原発」「原発ゼロ」を打ち出すのに前向きに見える。では肝心の野田佳彦首相はどうだろう。そこはよく分からない。

政権の意思統一がなかなかできないのは国民の意見が割れていることを反映しているからか。それとも政権の腰が定まらないから国民の意見が集約できないのか。いずれにしろ、目標がはっきりしないままの議論は堂々巡りになりがちだ。

政府は、2030年までの原発比率を(1)ゼロ(2)15%(3)20~25%とする三つの選択肢を示し、その上で今夏、広く国民の意見を聞く三つの試みを行った。

福岡市など全国11都市で開いた意見聴取会が一つであり、二つ目はインターネットを活用した意見公募(パブリックコメント)だった。もう一つは全国約7千人に電話で世論調査し、うち約300人を一カ所に集めて討論してもらう2段階方式の「討論型世論調査」である。

その結果をどう解釈したらいいか。政府は世論調査の専門家を集めた「国民的議論に関する検証会合」を設け、専門家の助言を受けながら考え方を整理した。

各調査で多数派を占めたのは原発ゼロだった。ただ、専門家は「これが国民の意思と見るのは難しい」などと指摘した。特に既存調査では10~20代の若者の意見がなかなか集められないので、「あらためて調査すべきだ」との意見も出た。

国民の声を聴き続けることは当然欠かせない作業だ。だが、いまのようなやり方で意見を募っても国民の合意、総意のようなものは生まれないのではないか。

3回目の検証会合で、政府側は「大きな方向性として、少なくとも過半の国民は原発に依存しない社会の実現を望んでいる」と議論を総括する原案を示した。素直に読めば「脱原発」の方針だろうが、どうか。どこか歯切れが悪いのだ。

野田政権として、ここで脱原発依存から脱原発に一歩踏み込んではどうか。基本方針を決める。最終目標を定める。すべてはここから動きだす。では、いつまでに。どうやって達成するのか。次の議題も自動的に設定されてくる。従来とどう違うのか。目標をどうするかの議論ではない。どうすれば目標を実現できるか、少し前向きの話になる。

衆知を集めて脱原発の道を探ることになる。原発の廃炉作業、エネルギーの安定供給、電力コスト、石炭や石油などを増やすことによる二酸化炭素(CO2)の排出増など解決すべき課題は数多い。

課題を示し、克服のための知恵を求め、実現可能性を探る。このままでは袋小路に入りそうな国民的議論を一歩ずつでも前に進める。これは政治の責任だ。

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脱原発デモの先に何が見えるのか? 作家、クリエーター・いとうせいこう

今回は、ニコニコニュースより転載です。作家でありクリエイターでもある…いとうせいこう氏の意見です。
本文に、「僕も新宿で行なわれたデモで、DJと一緒に演説というかポエトリーリーディングをしました」とありますが、私はこの演説(というかパフォーマンス?)が大好きで、以前にも拙ブログでご紹介したことがあるのですが、良い機会なので…そちらももう一度ご覧いただきたいと思います。

■いとうせいこう氏のパフォーマンス





【脱原発デモの先に何が見えるのか? 作家、クリエーター・いとうせいこう】
ニコニコニュース 2012年8月19日

「デモじゃ何も変わらない」という考え方が根強いなかで、人はなぜわざわざ毎週のように首相官邸前や、休日に開かれる大規模な集会に出かけるのか。そして、そこにどんな意味を見いだすのか。作家やクリエイターとして活躍する、いとうせいこう氏に話を聞いた。

***

「毎週金曜の晩、官邸前に本物の民主主義が立ち現れる」

「デモなんかで政治が動くのか?」と揶揄する人たちがいますが、動く動かないにかかわらず、イヤなものはイヤだと声を上げる、それ自体が大事なことだと思います。日本が民主主義の国である以上、当然の振る舞いです。しかし、われわれはデモをしたり声を発することが危険でカッコ悪いことだと洗脳されてきた。今回のデモはそこから解放され、国民が健全化するキッカケになるんじゃないかと。

まず、原発の再稼働にあたって国民の多くが肌感覚で「違う」と感じたことに実はすごく意味がある。それは専門家だけが物事を語っていいのかという問題と表裏です。専門家というのは必ずなんらかの利権に絡んでしまうので、まったく素人のほうが健全な議論ができる可能性がある。日本は民主主義を標榜しながら、意見形成が利権を持つ人だけの間で閉じた形で行なわれてきました。

そうした偽物の民主主義にNOを突きつけているのがデモであり、現時点でそれが非暴力的な手段であり得ているというのは非常に尊い。

僕は20~30人規模だった頃から見てきましたが、参加者の意識にはグラデーションがあり、反原発といっても主張はさまざま。でも、バラバラな意見を立場や年齢を超えてぶつけ合うのが本来の民主主義です。

もし意見があるのなら、ツイッターではなく、デモで直接意見を交換してみればいいと思います。開かれて語り合うことが素晴らしく、過去そんな場所は存在しなかった。ひょっとしたら、毎週金曜の晩の2時間だけ、官邸前に本物の民主主義が立ち現れているのかもしれません。

だから、デモの有用性に懐疑的な人も、一度でいいから足を運んで耳を傾けてほしい。どんな議論が交わされているのか、それを確かめてからでも否定は遅くないですから。

現在、アーティストや文化人も個人としてデモに参加しています。坂本龍一さんのスピーチも記憶に新しい。自分も含め、表現を生業とする者の果たす役割について考えると、そう多くはありません。内容はどうあれ、自分の意見を述べるのは悪いことではないというのを参加者に示す。まずそれが大事だと思います。

また、去年の話になりますが、僕も新宿で行なわれたデモで、DJと一緒に演説というかポエトリーリーディングをしました。実はそのとき一番心がけていたのは、参加者を刺激する以上に、周囲のやじ馬や警官隊が一瞬でも「正しい」と思うようなパフォーマンスをしようということ。意見の違う人に訴えかける芸、娯楽のようなものの必要も感じます。

単純に僕は、今後も人数が増えていくことを願いますし、この流れは止められないと思います。それをどう受け取るかは政治家次第ですが、すでに主催者たちに会談を申し入れたという話も聞いています。それだけでも、われわれはもう成果を得ていると考えるべきです。デモを通して、真に地肩の強い民主主義が生まれ直すことを祈ります。


■いとう せいこう
1961年生まれ、東京都出身。編集者を経て、88年『ノーライフキング』で作家デビュー。近著に佐々木中との共著『BACK 2 BACK』。□□□(クチロロ)のメンバーとして、音楽活動も行なう

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福島原発事故から9ヶ月後の警戒区域

Youtubeで見つけました。特命報道記者Xという番組のようですが…とても良い内容なので、中盤の動物に関する部分だけ書き起こししてみました。
この期に及んで、まだ「再稼働」などと馬鹿なことを言っている連中がいますが、このような現実をよく見つめて、それからモノを言ってほしいと思います。





【福島原発事故から9ヶ月後の警戒区域】

(浪江の)駅前には牛の糞が落ちていた。かつて3500頭ほどいた警戒区域内の牛。まだ1000頭近くが残っていると見られている。野に放たれ田畑に群れる牛たちの姿は一見のどかに見えるが、彼らが口にする草の放射線量は高い(25マイクロシーベルト。年換算219ミリシーベルト)。

町にはこんな生き物さえ、ダチョウ。音もなく現れたかと思うと、取材班の方へと近づいてくる。実は、少しの餌で大きく育つことから、少しのウランで大きな電力を得られる原発のマスコットとして、敷地内で飼われていたこともあったという。しかし今は主を失い、無人の町をひっそりと徘徊する皮肉な光景だ。人恋しいのだろうか?私たちを見送ったダチョウはどこか寂しげだった。

人が消えた町。民家の玄関先には豚の姿があった。庭の中にはさらに多くの群れ。中にはイノシシを引き連れた豚もいる。やがて自然交配が進み、イノブタが生まれてくる可能性もある。

しかし、生き残れなかった命も少なくない。そこにはあまりに悲しい現実が。繋がれたまま…逃げることも食べることも叶わずミイラ化した牛たち。警戒区域内にはこのような牛小屋がたくさん存在している。6月に撮られたある豚舎の映像には、餌がなくやせおとろえていく動物たちが記録されていた。しかし区域外に持ち出すことも許されない。こうして動物たちは静かに死を迎えていった。

そして生き残ったものについても、政府は衛生上の問題から殺処分を決定した。引きずられていく豚。これは今年6月殺処分の現場をとらえた貴重な映像だ。薬物を注射され殺されていった豚たち。これが警戒区域内で行われていた事実だ。

しかし、こうした処分に断固抵抗する一人の畜産農家がいる。吉沢正巳さん。

「餓死だとか、殺処分の同意なんて、絶対僕はそういう立場は取れない。」

警戒区域内に取り残された自分の農場の牛300頭に、毎日のように餌を届け面倒を見続ける。毎時7マイクロシーベルトを超える環境の中、牛と共に生きようとしていた。

(中略)

吉沢さん自身も、大量の餌を置いて一度は牛を放した。仕方がないといえばそれまでだが、大きな後悔も残っている。

「原発事故でそこにいられないと、牛を全部放した。お産の牛なんかも何頭もいたんだけど、逆子とか難産のケースが何回かあった。親子死んじゃったケースとか、あと急に全頭放したんで、置いてあった餌をいっぱい食っちゃって異常発酵を胃袋でおこして、ガスで死んじゃったような牛が何頭もいた。人がいられないわけだから常時、そこにいて面倒も見られない。世話できないからね、やむを得ない」

生き残った家畜の命を少しでも生かせないかと、独自の試みを始めた自治体もある。南相馬市は、警戒区域内のいわゆる離れ牛を捕獲し、20キロ圏内の一画で保護・研究する準備を始めた。動物保護団体、国会議員、さまざまな人々の支えで進むプロジェクト。

民主党 高邑勉衆院議員 「ずっと被ばくし続けているわけですよ。それがどうなっていくか、なんて研究は世界にない。大型の哺乳類でそんなことできない。貴重な動物だし。ただ、ここはそうなってしまった所だから、それをあるがままに研究をして、環境放射能の中に牛が生息して、一体どういう染色体異常を起こしていくのか、起きるのか?果たして起きないのか?ってこれわからないわけですから、それを無条件に殺処分だっていうのは、あまりにもね…能がないというかね、農家さんの気持ちにも反するし」

殺処分以外の道を懸命に模索する人々。それは私たちが命とどう向き合うべきなのかという問いでもある。

「福島県の浪江がチェルノブイリであるならば、チェルノブイリに生き続けるこの牛たちは、何かを問いかけてるんだと俺は思うのね。町が絶望的な状況なんだけども違うんだと…。絶望的な状況の中でも希望の明かりをこういうところから灯していくんだと、あきらめないで戦うしかないと俺は思うんだよね」

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原発依存比率 0%を目標に工程表を

今回は、北海道新聞の社説より転載です。読売や日経などは論外ですが…他の新聞やメディアは、だいぶ脱原発に踏み込んだ論調になってきていて、非常に良い傾向だと思います。







【原発依存比率 0%を目標に工程表を】
北海道新聞 2012年8月28日

脱原発に向けた民意が鮮明になったと言っていいのではないか。

2030年の原発比率をめぐり、政府が実施した一連の「国民的議論」の結果がまとまった。全国11都市で開かれた意見聴取会、パブリックコメント(意見公募)、討論型世論調査(DP)の結果はいずれも原発ゼロを支持する割合が最も高かった。

政府はきょうの専門家会合でこれらの検証結果や論点を取りまとめ、近くまとめるエネルギー・環境戦略に反映させる。国民が示した判断を重く受け止めるのは当然だ。政府が行うべきは原発ゼロの政策目標を掲げ、明確で具体的な道筋を提示することである。

政府が示している原発比率は0%、15%、20~25%の3案だ。意見聴取会で意見表明希望者の68%、意見公募では87%が0%案を選んだ。質疑応答や討論を通じて参加者の意見がどう変化したかを調べるDPでも半数近くが支持した。

DPでとりわけ目を引いたのは、最も重視するエネルギー選択の判断基準として「安全の確保」の回答がが80%超を占めたことである。背景に原発への不安や電力会社への不信の根深さがあるのは間違いない。一方で、再生可能エネルギー導入による電気料金の上昇や省エネ・節電を重んじるライフスタイルを受け入れる覚悟が広がっている表れとみることもできよう。

政府には既存の原発を原則40年で廃炉にする15%案に誘導したい意図が見え隠れしていたが、肝心の30年以降について原発を維持するのか、ゼロにするのかがあいまいだ。それゆえに支持が伸び悩んだ。

もっともDPの結果が国民の総意とは言い切れない。政府が初めて導入した手法であり、準備期間も十分ではなかった。意見聴取会や意見公募を含め、国民感情をくみ取るだけで政策決定するのであれば議会制度は不要との指摘もある。

脱原発には再生可能エネルギーの普及促進が欠かせない。政府は細かな発電達成目標などを明示した原発ゼロへの工程表を早急にまとめるべきだ。

民主党も急きょ、原発依存度を議論する調査会を発足させた。政府の決定や衆院選選挙公約(マニフェスト)に提言を反映させたい意向のようだが、再稼働の是非をめぐって党内の意見は大きく分かれ、調整は難航しそうな気配だ。

最近では世論に押される形で閣僚から原発ゼロを容認する発言も相次いでいる。政府・与党とも総選挙を念頭に、脱原発を目指すアリバイ作りの動きであるなら許されない。

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巨大な人工の壁も自然は制御できぬ 近代思想の限界

朝日新聞のオピニオンに、思想家で元内閣官房参与の松本健一氏のインタビューが掲載されていました。
とてもいい意見です。本当はすべてご紹介したいのですが、長いので勝手に一部を省略させていただきました。
以下は転載です。






【巨大な人工の壁も自然は制御できぬ 近代思想の限界】
朝日新聞 2012年8月11日

東日本大震災の前から海岸線に着目し、全国を歩いていた人がいる。日本の近代思想史の研究者で、3・11当時は官邸で内閣官房参与をしていた松本健一さんだ。その後も津波で被災した沿岸部を歩いている。震災からもうすぐ1年半。海岸線から見えるこの国の姿とは。この夏、松本さんと現地を訪れ、「コンクリートと政治」を考えた。

―― 「万里の長城」と呼ばれた、岩手県宮古市の田老地区にある巨大な防潮堤です。大津波で破壊された現場に立って、何を考えますか?

「1年前に来たときと比べて、海側に活気が出てきたように思います。でも防潮堤はほとんど壊れたままですね。あらためて実感するのは、人間は自然を制御できない、ということです。もう、発想を転換しましょう、と言いたいですね」

―― 発想の転換とは。

「コンクリートで自然を押さえ込もうとするのはやめよう、ということです。田老では明治と昭和の2度の大津波被害の経験から、高さ約10メートル、長さ約2・4キロの防潮堤をつくりました。巨大な人口の壁で守ろうとしたわけです。でも、おそるべき自然はこれを壊し、乗り越え、町をのみ込んだ。たくさんの人が犠牲になりました」

「人間は自然を支配し、克服できるというのが西洋近代の思想です。日本は幕末以来これを取り入れ、発展してきた。西洋文明にどっぷりと浸ってきたのです。3・11はその中で起きました。従来の発想の限界を見せつけられ、これでいいのかと突きつけられた。私は西洋の近代思想の限界が見えた、と思っています」

(中略)

―― 具体的にどんなことを考えてますか?

「最近、ヨーロッパに行くことが多いのですが、ドイツやオーストリアを流れるライン川では、護岸を固めていたコンクリートをはがして、土に戻しています。草がはえ、牛が寝そべっている。そこに都市がそのままつながっているのです。そうやって、美しい、自然と生きるヨーロッパを取り戻そうというわけでしょう。もちろん波が激しく当たるところは人口の護岸を残しています」

「ヨーロッパというと、もう発展は終わったとか、ユーロはもうガタガタだとか、そういう目でばかり見られますが、成熟した社会とはこういうものかと考えさせられました。公共事業で国の姿をつくるとか、コンクリートで固めていくという時代は、終わったことがわかります」

(中略)

「宮城県の岩沼市を歩いてみましょう。仙台平野の南部にあって長い海岸線をもつ土地です。ここではコンクリートに頼る方法を選んでいません。震災で発生したがれきと堆積土、それに山砂で、高さ10~15メートルの土手をつくる。その上に植樹し、沿岸部一帯を丘陵にすることで津波を防ごう、やわらげようという発想です。植樹には多数の市民が参加したそうです。被災後のふるさとを、自分たちの手でつくり直そうというわけです」

(中略)

「民俗学者で詩人・歌人だった折口信夫が歌ったように、私たちの祖先は『海やまのあひだ』で暮らしてきた。海岸線は身近なものでした。ところが近代化が進み、さらに戦後の高度成長期以降、意識が急速に海から離れてしまった。『国土の均衡ある発展』のかけ声のもと、コンクリートによる画一的な海岸線の風景が広がり、日本人は自然と共に生きる思想を失った。全国を歩きながらそう思ってきました」

―― これから、どういうことを進めるべきだと思いますか。

「無駄なものをつくるのではなく壊す、そうして元に戻す、そういう公共事業を始めたらどうでしょう。巨大な建造物をつくる技術をもっているのはゼネコンですが、それを壊す技術もっているのもゼネコンです。コンクリートで固めてしまった風景を元に戻し、子孫に残すことも、彼らにしかできない仕事です。これも公共事業だし、雇用を生み出す。政治家はそういう発想の転換をすべきです」

―― 民主党は「コンクリートから人へ」と言っていましたが。

「いいスローガンでした。人々が美しいと思って住みたくなるような、そういう自然に囲まれた風土をつくっていく、ハコモノではなく人に投資していく。まさに成熟した日本にふさわしい。ただ、どういう国土をつくるのか、そこまでの国家ビジョンは、民主党にはなかった」

―― 今は整備新幹線の新規着工も決め、「人からコンクリートへ」に逆転したかのようです。

「そうですね。しかも、国会で消費増税がすったもんだの末に決まり、財政に余裕ができる。政治家はこれで被災地に限らず、またあちらこちらでコンクリートの公共事業をばらまこうと考えているでしょう。自民党政権時代のように。でも、もうそんな時代ではありません」(中略)

―― 震災当時、松本さんは内閣官房参与でした。

「官邸の4階にいました。担当は東アジア共同体でしたが、これも運命だと考えて、菅直人首相(当時)に復興の基本ビジョンをまとめたメモを渡しました。昨年3月23日時点で 『脱コンクリート』 『脱原発』 と書いています。自然のすさまじい力でコンクリートの要塞のような防潮堤は破壊され、科学技術の粋を集めた原発は放射性物質を撒き散らす。文明の転換点だと思いました。西洋近代文明を追いかけていていいのか、経済至上主義では立ちゆかない。大震災を機に政治は大きな変革期に取り組むべきだと考えたのです。」

「ロシアの農村詩人セルゲイ・エセーニンが 「天国はいらない、ふるさとがほしい」 と歌いました。私の好きな言葉です。これだけの被災の後だからこそ、政治は、国土をどのように美しいものにしていくか、どうやってふるさとを取り戻すか、ビジョンを示すべきです。でも消費増税にしても何にしても、今の政治は目の前の対応ばかりですね」

【取材を終えて】

松本さんは「コンクリートをはがす西洋から見習うべきだ」という。「近代西洋は限界」といいつつ、まだまだ学ぶことは多いということだろう。一方、日本は「コンクリート」に回帰しようとし、原発の今後も決められないでいる。日本人は「西洋人は自然を支配しようとし、我々は自然と共生する」と自認してきた。だが、実際はどちらだろう。

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動画で見る炉心溶融

独立行政法人・原子力安全基盤機構という組織が、福島の事故前に、原子力防災専門官向け資料として作成していた、炉心溶融のシミュレーション画像を見つけました。
解析では、事故発生から約3時間後にはメルトスルーすると言っています。




防災用事故シナリオ理解のための教材(BWRマーク1型)

事故発生後に、制御棒が完全に炉心に挿入されたことにより、原子炉が停止し、その後炉心を冷却するための全ての注水に失敗するケースです。

配管破断事故が発生すると、冷却材が喪失し、原子炉圧力容器内の水位が低下します。制御棒は挿入されますが、注水に失敗するため炉心が露出します。

炉心が露出すると、燃料の冷却ができないため、残留熱により燃料温度が上昇します。

そして、もっとも温度が高くなる炉心中央部の燃料が溶融します。(事故発生から約30分後)

溶融した燃料は、やがて原子炉圧力容器下部に到達します。(事故発生から1時間後)

原子炉圧力容器は、厚さおよそ12~15センチの鋼鉄製ですが、溶融した燃料は非常に高温であるため、ついには原子炉圧力容器を貫通します。(事故発生から約3時間後)

貫通した溶融燃料は、原子炉圧力容器を支えるペデスタルの中間床面に落下します。

そして、コンクリートの床を浸食しながらガスを放出し、格納容器の温度および圧力を上昇させます。

マーク1型格納容器では、その後溶融燃料がコンクリートで形成されたペデスタルの中間床面を貫通し、さらにその下部にあるコンクリート床面上に落下します。

ペデスタル下部のコンクリート床面に落下した溶融燃料により、ガスが発生します。このガスが格納容器内に充満して、温度および圧力が徐々に高くなります。

そして、圧力が格納容器の限界を超えた時に、格納容器のフランジ部から原子炉建屋内に大量の漏洩が起こると想定し、防災策を講じます。

漏洩したガスには、希ガスやヨウ素などの放射性物質が含まれており、原子炉建屋を経由して、排気塔から環境に放出されます。

今回は、防災用事故シナリオ理解のために、配管破断に起因する最悪の事例をご覧いただきました。

万一こういう事態に至った場合でも、住民の方々に安全・安心して頂けるように、日頃から、防災担当者への訓練を通して、原子力災害時の対応能力の習熟に努めております。

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戦争と原発に向き合う 核時代の新たな不安

8月17日の東京新聞の社説から転載です。
やはり…東京新聞は素晴らしいです。関東にお住まいの方で…間違って読売新聞などを購読されている方がいましたら、1日も早く東京新聞に変えることをおすすめいたします。ちなみに、購読料も安いです。
念のため…私は東京新聞の回し者ではありません(笑)







【戦争と原発に向き合う 核時代の新たな不安】
東京新聞 2012年8月17日

冷戦時代、人類は核戦争の恐怖に直面しました。今は核汚染の怖さが加わります。原発事故はその一つ。核時代の新たな不安の中に私たちはいるのです。

年配の方なら思い出せるかもしれません。広島、長崎に続き、核の恐怖を再び実感として覚えたのは、一九五〇年代の原水爆実験のころではなかったでしょうか。

米国がブラボーと呼ぶ水爆実験をマーシャル諸島ビキニ環礁で行いました。危険区域外のマグロ漁船第五福竜丸が風向きのせいで死の灰を浴びました。現地の島民は緊急移動させられました。

◆世界に広がった抗議

そのニュースは世界を駆けめぐり、人々はあらためて驚いたのでした。島一つを吹き飛ばす爆発規模、また重大な放射能被害。ニューヨークにあてはめるなら、マンハッタン島が消滅し、生き残る者はいない。

米国では、こんな意見が出てきました。…このような危険なものを将軍や政治家たちに任せておいていいのだろうか。脅えるのではありません。健全な精神の持ち主なら当然もつであろう疑問です。日本では全国に核実験禁止の署名運動が、欧州でも抗議運動が広がりました。

二度の大戦を経験している、英国の思想家で数学者のバートランド・ラッセルはこう考えた。

広島原爆はTNT火薬にして二万トンの威力があった。では二万トンの爆弾一個と、五トンの爆弾四千個とはどう違うのか。ビキニの水爆は広島原爆の一千倍もある。これはただの恐怖ではない。人類は自らを破滅させる兵器をとうとう手中にした、ということだ。持ってはいけないものを持ってしまったということだ…。

◆ラッセルの問いかけ

彼は世界の人々に伝えるべき宣言を起草します。

<戦慄すべき、しかし逃れることのできない問いがある。われわれは人類に終止符をうつべきか、それとも戦争を放棄すべきか>

宣言には、物理学者アルベルト・アインシュタインや湯川秀樹らノーベル賞学者らが署名し、ラッセル・アインシュタイン宣言として世界運動につながってゆく。

半世紀前、世界の知性が見抜いたのは人類全体の破滅の可能性でした。想像力の所産であり、倫理のもつ力でもあります。人々には大戦の悲惨さという実体験、実感が伴ってもいました。

核実験は縮小に向かったものの一九八六年、人類は新たな核の恐怖にふるえることになりました。当時ソ連のチェルノブイリ原発事故です。平和利用のはずの原子力が深刻で広範囲の放射能汚染を招いてしまったのです。

とりわけ欧州の悩みは深いものでした。米ソ冷戦の前線として核ミサイル配備があり、核の恐怖は潜在していたからです。

チェルノブイリ事故の教えたことはじつに単純でした。原発は壊れることがあり、ひどい場合には大量の放射能を放出する可能性があるということです。その前の米国スリーマイル島原発事故の被害をはるかに超えていました。

それは広島、長崎の犠牲で始まった核の時代の新たな不安を示したのでした。核の不安は兵器だけではなかったのです。核と人類は共存できないという至言が思い出されます。私たちは広島、長崎に続き福島という三つ目の悲劇をえてしまったのです。

福島はチェルノブイリ以上の衝撃を世界に与えました。世界に誇るべき技術と労働資質をもつ国で重大事故が起きたのです。世界には地震国というだけでは片付けられない事故と映ったのではないでしょうか。たとえばドイツは、代替エネルギーがあるのなら原発は不要という明快な結論に早々と達しました。それがたとえ困難な道であろうとも、です。

しかし、原子力の研究はもちろん続けなければなりません。純粋な科学的知見はより深めねばならず、医療などの民生利用にも必要です。原発の廃炉や核廃棄物処理のためにも不可欠です。

◆人、自然の受ける被害

福島の事故で放出された放射性物質は、セシウム137(半減期約三十年)換算で広島原爆の一六八・五個分だったといいます。

この数字をどう考えたらいいのか。原爆では熱線や爆風、中性子線の被害が大きい。その通りでしょう。しかし私たちが今実感しているのは、原発過酷事故が人や社会、また自然に与える影響の途方もない大きさと深刻さなのです。それは世界共通の潜在的な不安だともいえるでしょう。

私たちは、半世紀前のラッセルに似た問いを発せねばならないのかもしれません。戦争を放棄できるのか、人類は果たして安全でいられるのか、と。

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核は飼いならせる代物ではない

少し古い記事ですが、朝日新聞の天声人語より転載です。
「核は飼いならせる代物ではない」
その通りだと思います。原爆も原発も今すぐやめましょう!







【天声人語】 2012年8月6日

足元のアリが目にとまることがある。踏みたくはないが、人の想像力は知れていて、靴の裏で起きるアリの悲劇には思いが至りにくい。67年前の原爆投下は、人をアリと見る所業だった

▼かつて米国の博物館が企画した原爆展は、地上の惨状を紹介しようとして退役軍人らにつぶされた。担当者は「彼らは原爆投下を(爆撃機が飛ぶ)3万フィートの高さから見ようとしている」と嘆いたそうだ

▼広島が死んだ日、原爆をつくった科学者たちはパーティーに興じた。設計通りに爆発したことのお祝いである。なんという想像力の欠如。救いは、自責の念から木陰で吐いていた若手がいたことか(文春新書『父が子に教える昭和史』)

▼ウラン型の「成功」に続き、3日後には長崎でプルトニウム型が試された。科学者は核分裂のエネルギーを制御できたと喜んだが、最後は手綱を解いて暴れるに任せるのが核兵器だ。実際、見込み違いもあった

▼原爆の破壊力のうち、開発陣は衝撃波に重きを置いたとされる。だから放射線と熱線の殺傷力を知って驚いた。「起きたことは私たちの想像をはるかに超えていた」と。乾いた述懐に、日本人として平静ではいられない

▼翻って原発の制御は、廃炉まで暴走させないことに尽きる。事あれば国土の一部が失われ、放射線におびえる生活が待つ。福島の教訓は、核は飼いならせる代物ではないということだ。故郷を追われた人々に思いを致し、誰もが核被害者の、いわば「アリの目」を持つ時だと思う。

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がれきの広域処理をピノキオで説明

みんな楽しくHappy♡がいい♪というサイトから、こんな動画をお借りしてきました。ピノキオの映画のセリフを変えて、ガレキの広域処理を強烈に皮肉っています。必見の動画です。





【がれきの広域処理をピノキオで説明】

<登場人物>(北橋市長)ピノキオ、(細野大臣)ジミニー・クリケット、ブルー・フェアリー

細野クリケット: 市民が抗議に押し寄せてきたぞ!
北橋ピノキオ:  ベビーカーの赤ちゃんも大勢!
細野クリケット: 避難者のバカどもも!
北橋ピノキオ:  なんて言えばいいの?すごく怒っているよ!
細野クリケット: 嘘でも何でも言ってごまかせ!

フェアリー:   北橋市長、それに細野大臣も
細野クリケット: いや奇遇ですねぁ。
フェアリー:   あのがれきはどうしたの?
北橋ピノキオ:  がれき?あれは石巻の人が困っていたから・・・
細野クリケット: ちゃんと誤魔化せ!
北橋ピノキオ:  宮城県から頼まれて・・・
フェアリー:   頼まれたの?
北橋ピノキオ:  そう!県内で処理できないって!放射能で汚れてないのを持ってきたんだよ。

ー北橋ピノキオの鼻伸びるー

フェアリー:   汚れてないの?石巻のがれきが?
北橋ピノキオ:  汚れてないよ。8ベクレルしか!

ー北橋ピノキオの鼻伸びるー

フェアリー:   環境省はなんて言っているの?細野大臣は?
北橋ピノキオ:  細野大臣?
細野クリケット: 私は関係ない!
北橋ピノキオ:  安全だしみんな燃やしているって!

ー北橋ピノキオの鼻伸びるー

北橋ピノキオ:  本当だよ!
フェアリー:   防潮堤にしないの?
北橋ピノキオ:  埋めたら危険なんだって!

ー北橋ピノキオの鼻ビュ~ンと伸びるー

北橋ピノキオ:  僕の鼻が!どうして?
フェアリー:   多分嘘をついているのね。
細野クリケット: 多分?
北橋ピノキオ:  本当だよ。嘘じゃないよ。もう市庁舎に来るなよ、避難者のバカどもが
フェアリー:   嘘は一度つくとどんどん大きくなって、その鼻みたいに隠せなくなる
細野クリケット: もうマスコミを使ってもごまかせない
北橋ピノキオ:  風評被害が出たら訴えるぞ
細野クリケット: ネットも監視してるんだぞ。公平にやりましょうよ。二重契約もしていない。北九州が最終処分場、建設費で儲かるよ・・・

フェアリー:   今回は許しません。訴状は読みましたね?刑事事件でも訴えられますよ。法廷で闘いましょう。
北橋ピノキオ:  僕達悪くないよ!裁判でも負けないよ!
フェアリー:   いいでしょう。もう許しませんよ。法の裁きを

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