原発のない社会をめざして 「自分は正義」許されぬ  清水修二・福島大教授

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「自分は正義」許されぬ  清水修二・福島大教授

今回も、東京新聞より転載です。








【「自分は正義」許されぬ  清水修二・福島大教授】
東京新聞 2013年1月22日  

-福島事故からまもなく二年がたつ。

昨年十月に双葉町を視察した。美しかった水田はセイタカアワダチソウが生い茂り、道路わきは雑草だらけ。倒壊した家屋は放置されたままだ。町はあの事故から時を刻むのをやめている。(一九八六年の)チェルノブイリ原発事故の周辺では二十六年たった今も食べ物の放射線量を測定しながらの生活を余儀なくされている。放射線量は一時より減ったが、それでも子どもたちは内部被ばくの危険性にさらされている。「いつかは戻れる」と考えている福島の人たちが、いずれ同じような生活を送らねばならないのかと思うとつらい。

-福島の苦悩は続いている。

さらに深刻だ。最近は、脱原発サイドからも冷たい視線を感じることがある。例えば、福島に残って子どもを育てる親に対し「子どもがかわいそう」「身勝手だ」などという外からの非難、もっと言えば攻撃だ。県民の九割以上は今もとどまっているが、それは仕事や経済的な理由で仕方がないことだ。福島の子どもを一番心配しているのは、その親なのに…。いわれのない批判が福島の人たちを苦しめている。

福島に戻ろうとする住民らの努力に対する冷めた見方もそう。微量の放射性物質で汚染されたがれきの県外処理では、各地で持ち込み反対などと激しい反対運動も起きた。「汚いものはすべて福島に閉じこめておけ」と、言わんばかりの風潮がどれだけ福島を傷つけているか。

-これだけの犠牲を払いながら、日本は脱原発に向けた道筋が見えない。

多額の交付金が地元に落ちる原発は「麻薬」といわれる。しかし、それは単なる思い込みにすぎず、立地自治体を突き放した言い方だ。事故があった福島は当然だが、他の立地自治体も計画的に原発を廃止することはできる。雇用だって廃炉が始まれば多くの作業員が必要で、ある程度は吸収できるはずだ。原発を国策で進めた以上、廃炉も国がサポ-トするのは当然だ。

ものすごく乱暴な言い方だが、事故の影響が首都圏まで及んでいたら事態はかなり違っていたと思う。国民の多くが原発についてもうちょっとまじめに考えてくれたのではないか。今も十六万人が非難する大事故が起きたにもかかわらず、残念ながら福島の問題として片付けられているのが現状だ。

-国民の側にも問題があると。

私は福島事故の責任について東電が四割、政府三割、自治体二割、そして国民が一割だと思っている。一割の責任とは、無自覚に原発を受け入れてきた点だ。現状追認の怠惰な現実主義と言っていいだろう。態度をあいまいにし、いざ事故が起きると、電力会社や政府を非難し、国民もマスコミも自分はまるで正義の側にいるように振る舞う。福島の人間にとって、これは到底納得できない。

最近の「原子力ムラ」たたきが典型だ。白か黒かのレッテルを貼り「推進派は追放しろ」と非難する。しかし、推進派の人間こそ、事故の責任を果たさなければならない。収束作業の現場では誰もが必至にがんばっている。国民の多くが「自分たちは関係ない」という姿勢なら、福島の犠牲から何も学べない。

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