原発のない社会をめざして デモに参加するノリでカジュアルに政治に参画する時代の幕開け 三宅洋平[(仮)ALBATRUS]×杉岡太樹[『沈黙しない春』監督]対談

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デモに参加するノリでカジュアルに政治に参画する時代の幕開け 三宅洋平[(仮)ALBATRUS]×杉岡太樹[『沈黙しない春』監督]対談

もう1年以上前の記事ですが、いま私が最も応援している三宅洋平さんの面白い対談を見つけました。だいぶ長い記事ですがぜひ読んでいただきたいと思います。以下は転載です。









【デモに参加するノリでカジュアルに政治に参画する時代の幕開け 三宅洋平[(仮)ALBATRUS]×杉岡太樹[『沈黙しない春』監督]対談】
web dice 2012年5月11日

2011年3月27日、名古屋でひとりの女子高生の発案から生まれた、東日本大震災と福島第一原発事故後初の脱原発デモ。そこから浜岡原発停止までの44日間、日本各地のデモに参加する若者たちの姿を描くドキュメンタリー映画『沈黙しない春』が5月12日(土)より渋谷アップリンクでロードショー。公開にあたり、これが初の長編作品となる杉岡太樹監督と、今作に出演する(仮)ALBATRUSの三宅洋平氏による対談をお届けする。311以降、社会のシステムに警鐘を鳴らすリリックとソウルフルな音楽性をさらに研ぎ澄ませる三宅氏と、デモを通して日本人の気質に切り込む杉岡監督の視点に、通じ合う部分は少なくなかったようだ。

■みんなが社会意識を持ち始めることで、世の中は変わり始めた(三宅)

三宅洋平(以下、三宅):311以降の1年を振り返ってみると、社会的に生きざるをえなくなりましたよね。僕はもともとそういう意識が強い方だったんだけど、日本社会は社会意識、政治意識がとても薄い。(とりわけバブル以降の)日本って自分のために生きてきた人たちの連合だったから、社会として、お金はあるからハード面は充実しているんだけれど、そこに住んでる人間がほんとうに機能的で調和的な暮らしができていたかというと、そうじゃない。非常にストレスが多い社会だと思うんです。そういうなかでみんな孤立している。

そんななかで、電気がどのようにしてやって来てたのかをほとんどの人が知らなかった。俺は原発については知った時から反対していたし、そのときに、関心がないだけ、どころか、動いている人間を揶揄したり冷たい目で見る社会の空気さえあった。もちろん東電や電気事業連合会が大量の広告費を使って洗脳していたというのも事実だけれど、それ以前のおのおのの思想的な、哲学的なレベルの低さに問題があったと思う。

このような状況をどうにかしたいと、特に子どもがいる人は意識的に、休日をデモに行ってみたりするようになった。1回でもデモに行った事がある人はすごく増えたと思う。地震の前の渋谷のデモって30人だったから。護衛の警官のほうが多くて、それで道路で守られて代々木公園まで歩いて、完全に奇異の目で見られて、痛快だったけど寂しかったよ。

それぞれが、たとえば自分がやってる仕事が、社会にとってどういう作用を及ぼしているだろうか、とか、食べもの生産システムとか、いろんなことのルートをたどって物事を考え始めた。だから、今まではみんなに気づかれない所に利権が在ったのが、やすやすと気づき始めて、戦争のメカニズムすら多くの人が解りはじめている。知ることで抑止できると思うし、みんなが社会意識を持ち始めることで、世の中は変わり始めた。

だから必要があるなら、自分が住んでいる小さな町の町会議員に、若いうちにならないとだめだな、くらい思っている。出馬っていう「1票以上の政治参加」の仕方で、10,000人の町で300票とればいい。CD1,000枚売るより簡単だよ(笑)。

■行動を起こした人の記録を残しておこうとした(杉岡)

──政治そして社会との関わり方を考え直してみるということですか。

三宅:原発体験や津波体験、そしてその後のまるで機能しない国家という制度の矛盾、マスコミもしかり、そういうものにみんな気づいた。でも、戦争と一緒で、この危機感を持ってから後の世代では、風化していってしまうものだから。社会をほったらかしにして、それこそ石原都知事に任せていたらやばいんだと思った俺らが今やらないと、後がないなと。あの地震を直接体験した世代にしか解らないことを、ちゃんと伝えなくちゃならない。

杉岡太樹(以下、杉岡):僕自身も撮影以前はデモに参加したことがなかったんです。僕は鎌仲ひとみ監督の『六ケ所村ラプソディー』を公開当時に観たときに、そのときに何も知らなかったことに気づいた。初めて、自分の生活がどうやってできているのか、電気がどうやってできて、誰がそこにいて何をして、どういうリスクを背負って、というシステムを知ったときに、歩けないくらいショックを受けて。

でもその後、まずいよなと思いながら、映画を作っていて、実際に直接的に原発の問題に対して何か表現しているかというとしていなくて。地震が起きる1週間くらい前に『祝の島』を観たときにも、自分には表現の方法があるのに、後ろめたさみたいなものがあったんです。地震が起きて事故が起きたときに、これは今しかないだろうと思って。そこは、デモに初めて行った人とかデモをはじめた人と似ている。

だから最初は映画を作れるかどうかもわからなかった。とにかくデモに行って、行動を起こした人の記録を残しておこうとした。それをYoutubeでもなんでもアップして、それを観てくれる人がひとりでもいればいいと思っていたんです。しっかり記録しておくこと、それをより多くの人に観てもらうことは、なにかの役にはなるだろうと思って、はじめました。

■あの期間を記録しているというのは大きい(三宅)

──誰を撮影するか、というのも撮っていくなかで組み立てていったんですか。

杉岡:事故が起きて、最初に出てくる詩織ちゃんという女子高生がデモをやろうというところにとにかく行ってみよう、それ以外のプランはなにもなかったんです。そうやって動いているうちに、RUMIさんがデモでライブをするということを知った。僕はヒップホップが好きなので、自分がずっと好きだった人と、自分が動いた先にちゃんと出会えることに、自信を得ていった。洋平くんも、僕がニューヨークに住んでいた頃から犬式の映像をYoutubeで観ていて、チェルノブイリ原発事故の日に広島でデモがあることを聞いて、車に乗り込んでとにかく行ったら、洋平くんがそこに立っていて。そこで、自分のやってきたことが間違いなかったなって。それを受けて、撮影したものを編集するときに、行動する人間の強さ、誰が動いていて、何が起きたのか、10年後、20年後、しっかり記録として残っていくべきだと思って、作りました。

三宅:ドキュメンタリーとして作品化されて公開されることの意味は大きいと思うし、なにより、原発事故直後の最初の44日間というのは、自分の記憶も曖昧なくらい、いろんなことが起きたし、情報も錯綜していた。ほんとうに自分の感覚をどこまで信じられるか、極限的な状況だったと思う。だから、デモの場にしても作詞にしても、自分がなにを言ったらいいか難しかった時で、自分としてもみんなのなかにも、スタンスとしてデモに行くのがありなのか、なしなのか、という議論もすごいあった。福島を中心に、置かれている状況がグラデーションを描いてあまりに違うから。だから俺は、日本を縦断して、ぜんぶ観て、自分のエモーションを醸造するしかない、という気分だった。この『沈黙しない春』に映っているのは、その出発点くらいかな。

この広島のデモは、神戸から動き始めて、九州をまわって、マクロビオティックの炊き出しができるようになるために、無農薬の野菜や味噌を集めて、知り合いに電話してまわって、カフェとか小さいライブハウスを繋いでもらって、野宿みたいな感じで各地の知人に世話になりながら、最後に福島県いわき市に炊き出しに行くまでの資金集めも含めたツアーだったんだ。

いまだに整理できていないあの期間を記録しているというのは大きいんじゃないかな。もちろんこれからもっと大きいムーブメントになると思うし。大きな動きが起きる前の種火になった人たち、そこに記録されることの意義がある、価値のあるアクションだったと思うんだ。別にそこを賛美するわけでもないし、メグリだよね。俺にお鉢が回ってきただけで。

■原発ってまだ何かわからないと考えている人に気づいてほしい(杉岡)

──撮っているなかで監督のなかでの意識の変化はどのようなものでしたか。

杉岡:いろんなデモを見てきて、カメラを持って撮っていると、見たくないものも、「本気かよ」と思うものもすべて映ってしまう。そういうなかで、原発反対したいから、それを見なかったものにすることができるかというと、そこは悩むところですけれど、そこもしっかり記録して、否定しないで受け止めるという事実をちゃんと見せたうえでメッセージを発しないと、変わらない。そこを届けたいのかなと、自分は思っていて。だから、意識の変化を意識しているということでもなく、自分が思うままに撮って、そのときの記憶をなるべく再構築できるように編集しました。そのなかで、洋平くんを撮った広島のシーンはほんとうにエモーショナルになって、あそこは客観性は保てなかったんですが、そういう部分もあえて出してしまおうと思いました。

でも、基本的に中立的にいようと思っているのは、普通に渋谷のスクランブル交差点を歩いている人たちに届かせたいからで。原発反対している人に、この映画を観て、確認してもらうのではなく、東京にいて普通に買い物して、原発ってまだ何かわからないと考えている人に、ちょっとでも気づいてほしい。きっかけはなんでもいいと思うんです、好きなアーティストがデモに出ているから、とか自分が好きなスケーターがデモに行っていたからとか、でもいいから、そういう人たちに届けられるかたち、視点を保ちたいなというのは意識していたところです。自分の役割はそこかなと思っています。

三宅:デモってなんなんだろうね(笑)。もっとオーガナイズすることもできるけど、ほんとうにバラバラの個人が集まればいいことで、政治のありかたとか、国という単位の存在の仕方の話だよね。名も無き民衆が欲求不満になっていて、クリエイティブな出口もない。模索しはじめたのが、地震の後のデモはひとつ、デモに参加するだけでは何も変わらない、ということはよくわかったんじゃないかな。それだけでもデモに参加する意味は あると思うし。俺はデモに行くようになって、良かったなと思うのは、このやり方じゃだめですというのをおじさん、おばさんたちに言えたことかな。これじゃ俺らの世代はついてきませんよ、と。

もっと早い段階で俺らが政治に参画できていたら、意志を表現できたりやり取りができていれば、デモなんてやらなくていいはずだから。手遅れなところからはじまったんだけれど、デモの次はなんの手立てがあるのか、俺自身もつきつめてきたし、

杉岡:例えば無関心な人、デモを素通りしていく人に対してはどういうスタンスだった?

三宅:無関心層に対するいらだちの時期は、地震の前に通過していて。そういう人達もそれなりに得ている情報から考えて、無関心だったりするから。そういう人ともコミュニケーションできなければいけないし、音楽の趣味みたいなものかな。あの人はクラシックが好きだから、とかいう事に対して「わかってないヤツだな」と、例えばメタル好きがとやかく言えないじゃないですか。同一化したいわけではなくて、すれ違うだけでも、その違和感だけでも感じるというのは大きい。あとはこちらの力不足だと思うよ。ライブと同じで、無関心に過ぎて行く人がいたら「俺の表現の力が足りなくて、キャッチしてもらえなかったんだな」と思うし。だからデモというのはある種エンターテインメントとして成立できていないから、無関心に通り過ぎていくんだなという考え方の方が健康的じゃないかな。

■町会議員に出馬するくらいのことはみんなやったらいい(三宅)

杉岡:1年経って、絶望、希望、どっちに変化した?

三宅:世の中のほとんどすべてのことが予想通りに進んでいて、驚きも怒りもなくて。自分自身としては、自分という単位のなかで具体的になにができるか、を考えています。

もちろん音楽表現は俺の生業なので根幹にあるんだけれど、それ以外に奉仕できることはなにか。町会議員に出馬するくらいのことはみんなやったらいい。10,000人の立候補プロジェクトというのはどう?若者が地方選挙をかき回すんだ。たいして金もかからないし、なにより俺らのやり方で、自分の身の回りが盛り上がる。移住した沖縄でイベントをやって2、300人を集めたときに、地元のおじいに「いろいろ思うところもあるだろうけど、ぐだぐだ言ってるだけじゃなくて、こんなに人を集められるならなんでお前ら出馬しないんだ」って言われた。確かにそうなんだ。集まってる力を政治力にしていないだけ。ホームページの作り方やチラシの作り方とか、選挙で準備することって俺らミュージシャンがやってることと同じなんだよね。「超得意じゃん!」って。おまけに音楽というフリーコンテンツまである。

じゃあそれをやるのは、今なんだよ。とにかくやってみたらどうなるのかをシュミレーションしはじめているんだ。めんどくさいけど、それで得られるものもあるから。1票入れますから政治に参加しています、という人は多いけど、市民団体を作って請願したりもできるし、官僚に会いにいくこともできる。もっと言えば出馬もできる。いままでなぜデモか署名しかなかったかというと、そうした法律的に整備された手段を行使していなかったから。

そういう行動ってそれまではネガティブなイメージがあったけど、震災後そういうのも吹っ飛んだから。俺は具体的にそういうことを考えることになった。どこまで具体的になれるか。まず政治の敷居を格段に下げてしまいたい。みんながこぞって出入りできるようにしたい。そうしたら、食品の放射線検知器を町の給食センターに設置するために、予算をたてるとか。地元の議員は具体的な要求に応えたくてしょうがないから、議員も自分がこれだけのことを自治体で行ったとアピールできる具体性がほしいんだよ。でも理解を得るのに時間がかかるようだったら、それを変えていくには身内から誰か出すしかない、とか。このなりで立候補したらハッとする人多いと思うよ(笑)。

これまでは理想論的な、非現実的なところから反対していた。でもそれを世の中で成り立たせるためには、越えなきゃけない障壁がある。ぶつかんなきゃ見えてこないし。それでツイッターとかインスタグラムで伝える。そうして、いともやすやすと永田町に足をつっこもうぜって(笑)。お金持ちの偏った思想に突き動かされてそのシステムを維持するためにみんながいるというものがもう限界にきている。みんな気づいているから。本当の市民社会を作れるようになるために、政治のあり方も変えていきたい。カジュアルな政治をやりたいんだ。

人を信用しているか、愛があるか、俺はカウンターオピニオンとしての市民研究機関がないと、国家って国家を維持するシステムだから、被害を縮小化させたがるし出費を減らしたがる。そこにいる人たちがそこに邁進していることは責められない。ただ、もうちょっと俺らと心通じあってくれないかなと、なんで俺らが原発をいやだと言っているか、コミュニケーションが足りないんだと思う。そういう場をもっと設けて、人としてお互い向き合えて、話してればわかりあうからね。共感のない者同士が争うからお互いを悪く言うし、デモという場所に参加していても、それはこれから革命的に変えていきたい部分だと思う。市民は市民を守る研究機関を市町村単位で作ったらいいと思う。知りたい情報を得ることができる。

■この動きをどう次に繋げていくかが大事(杉岡)

杉岡:この『沈黙しない春』という映画自体はストリクトなもので、わかりやすい一本のメッセージを語るようには作っていないけれど、より多くの人に観てもらって、そこからひとりでもふたりでも何か持ち帰ってもらえればいいと思う。この映画に出ている陽太くんも葉山で、信用できる若いサーファーを立てて、彼を応援する体制をたてて、去年勝ったんです(山梨たかひと氏)。だから洋平くんの言ってることはまさにだと思う。

三宅:その葉山の動きも、もっと全国区で脚光を浴びるニュースだと思う。

杉岡:そこに音楽や映画といったカルチャーの面でもっとからんでいけるといい。

三宅:それから、対談というものが意味を増したよね。誰と誰が何を話すかということに、原発のことをどう思っているかというのは人々がアーティストに対して気にするようになった。

杉岡:アーティストでも何にも発言しない人や無関心な人を変えていきたいと思う?

三宅:いかなる意見の人の話も聞いてみたいし、俺の意見も聞いてもらいたい。それで必ず混じるから、双方にとって利益しかない。話すことで自分の立場もよりはっきりするし。エモーションだから、お互いに語り合わないとわからない。「そういう風に考えているから推進しているんだ」ということがわかると、無為に相手の心を踏みにじるような反対意見の出し方をせずに済むようになる。問題なのは、反対したいことじゃなくて、伝えたいこと、場合によっては自分の要求をどうしたいかということだから。ときには怒らなきゃいけないこともあるけど、官僚にも「気持ちよく」伝えないと。

杉岡:俺も反対している人たちとだけコミュニケーションをとりたいから映画を作ったわけではなくて、むしろ無関心な人たちともコミュニケーションをとりたかった。だからフライヤーもポップにして、あらゆる立場の人たちを連れてきて、観せたい。そこでコミュニケーションが生まれればおもしろいと思うし、そこで映画について否定されても、チャレンジしないことには。世の中を変えていきたいんだったら、アウェイに出ていかないと。

三宅:だからこの映画は、ものすごい序章だろうね。最初の44日間で、芽が生まれた。デモってほんとうに稚拙な表現だけど、将来的には、1年後にはここまで実現したという、そういう記録であってほしい。だから杉岡くん、よろしくお願いします(笑)。一部の人に託す、というのではなくて、誰もが無理せず政治はできるべきだから。デモに参加するノリで政治に参加する時代の幕開けにしたいなと思って、僕は僕なりに動いている。

杉岡:この動きをどう次に繋げていくかが大事だと思うし、そうしないと、せっかく動き始めたのに終わってしまう。テクノロジーは発達しても、それを何に使うかという問題で、それを政治に持っていければ、若いカルチャーはおもしろいことになると思う。

三宅:あと、もうひとつの観点から言うと、他の国だったら暴動が起こってもおかしくない政治情勢なのに起きなかった。世界の人はなぜ日本人は怒らないのか、という意見もあったけれど、いや、俺らは俺らなりに、衝動は抱えながら、どうやってそれをセーブして、それでもどう表現しようとしたか、という記録でもある。それは世界的にも稀有なことだと思う。

だから、そのとき日本人がそこで怒りを抱えながらどう表現していたか、「何をしたくなかったか」というものが映っている。それは、エジプトの革命とかと比較したときに、実は将来的な大事なことを教えている可能性がある。それを平和ボケというなら、俺は素晴らしいことだと思うから。歴史上そんな平和は構築されたことがないわけだから、僕らはその〈ボケるくらいの平和〉を世界に広めなきゃいけないと思う。それがここには映っているんだ。

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