原発のない社会をめざして 罪滅ぼしの脱原発 福島第一原発に携わった元技術者が訴え/横浜

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罪滅ぼしの脱原発 福島第一原発に携わった元技術者が訴え/横浜

【罪滅ぼしの脱原発 福島第一原発に携わった元技術者が訴え/横浜】
カナロコ 2014年3月9日

原子力発電を推進する側に長く身を置き、東京電力福島第1原発にも携わった元技術者が、脱原発社会を目指し講演を続けている。根底にあるのは、贖罪(しょくざい)の念。原発の安全性に限界を感じていたものの、国策を前に見て見ぬふりを続けてきた。原発事故から3年を迎える今、「原発の安全性は理論ではなく信仰だった」と言い切る。講演会で各地を回り、国内すべての原子炉廃炉の必要性を、ためらわずに訴えている。

「この国で原発は駄目なんだと、もっと広く伝えるべきだった」。3年前。放射性物質が拡散し、住民が避難を余儀なくされた福島第1原発事故を目の当たりにした小倉志郎さん(72)=横浜市=は、自責の念に駆られていた。

旧日本原子力事業や東芝に勤務し、原子炉の冷却水ポンプの設計などに携わってきた。1960年代後半から福島第1原発1~6号機のポンプや熱交換機を担当した。

当時の設計思想は、電源などのシステムが1系統しか使用不能にならないとする「単一故障原理」。今回のようなすべての外部電源が失われる事態は想定外だった。「だがそれは、理論ではなく信仰」と小倉さん。なぜか。

「そう信じ込まないと、膨大な対策が必要になる。そんな対策は経済的に成り立たないと今なら言えるが、当時は疑いもしなかった」。国策として原発は推進されている。家族を養わなければならない。長く勤めるうちに原子力産業の問題点も見えてきたが、「見て見ぬふり」をするのが精いっぱいだった。

2002年に定年退職を迎えた。技術を買われ電力会社などから「若い技術者の教育担当に」と再就職の誘いがあったが、すべて断った。「もう関わりたくない」との思いからだった。

安息を得た一方、押しとどめていた原発への懸念や不信感が頭をもたげた。07年、編集者だった友人の勧めで、論文を執筆。電源設備など機器の多くが屋外にほぼむき出しで設置されており、武力攻撃などで冷却機能を失う原発のもろさを指摘した。論文を機に、原発の危険性を伝える講演活動も始めた。

震災後、講演の依頼は急増した。「たくさんの人に伝えたい」と断らずに応じている。原発の内情だけでなく、除染の難しさや内部被ばくのリスクについても紹介している。

だが、目の前の現実は自身の思いから逆行を続ける。原発再稼働の手続きは全国で進み、政府の新たなエネルギー基本計画案は原発を「重要なベースロード電源」と位置付ける。

「同じ考えでいる仲間うちで脱原発を叫んでいるだけでは、手遅れになる」。現状の脱原発運動に危機感を強める小倉さんは、「運動の輪の外にある『日常』を生きる人々と、どうやって自然に思いをつないでいけるか。身近なところから話し合う努力を地道に続けていくしかない」と話す。そうやって脱原発社会を手繰り寄せていく-。「それが福島に報いることではないか」。小倉さんは、そう考えている。

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