原発のない社会をめざして ご存知ですか、「原子力」の原点②

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ご存知ですか、「原子力」の原点②

前回の続きです。






放射能を恐れていなかったという点では、キュリー夫妻やベクレルも同じだった。立命館大学名誉教授の安斎育郎氏が説明する。
「ベクレルはマリーからもらった塩化ラジウム入りのガラス管をいつもポケットに入れて持ち歩き、人に見せびらかせていました。彼はノーベル賞受賞から5年後に、被曝が原因といわれる心疾患により55歳で亡くなっています。キュリー夫妻も、発見当初はそれが人体に害をなすなど、思ってもいなかった

当時、ラジウムの価格は1グラム約10万ドル。「ラジウム成金」まで生まれるブームの一方、膨大な数の被曝者が出たのは悲劇というべきか。ラジウムを扱う工場労働者や医療関係者には白血病などで亡くなる人が相次いだが、多くは梅毒や敗血症と診断された。

放射能が人体に害をもつことは1920年代には少しずつ解明されていくが、マリー・キュリーは、自身の体調不良が放射線によるものとは決して認めなかったという。だが、彼女も1934年に再生不良性貧血で亡くなってしまう。
「マリーが遺した研究ノートは放射能まみれで、いまでも触るのは危険だといわれています。晩年は放射線で目に障害を起こし、弟子の大学院生が持ってきたグラフが二重に見えるような状況でした」(安斎氏)

放射性物質を発見して得た名誉。しかし、彼女はその代償として、放射能で命を落としてしまう。人類にとって危険をもたらす放射能を発見してしまった、彼女の呪われし運命がここに見て取れるのだ。

死後、「放射能の父と母」としてあがめられたベクレルとキュリー。キュリーは1964年、ベクレルは1975年に放射能の単位として科学史に名を残した。キュリーの娘・イレーヌとその夫は、第二次世界大戦後にフランス原子力委員会委員と委員長に任命される。だが、このイレーヌも白血病で命を落とすのだから、なんとも皮肉な話である。

ちなみに放射能のもうひとつの単位「シーベルト」は、スウェーデンの物理学者で放射線防護の専門家、ロルフ・シーベルトからとられている。ベクレルとシーベルトに直接の交流はなかったが、シーベルトの生まれた年は放射線が発見された1896年と聞けば、なにやら運命めいたものを感じないでもない。

いまわの際、ベクレルとキュリーがなにを思ったのか知ることはできない。だが、彼らの発見をもとに、新世代の天才たちが原子の力に注目し、悪魔の兵器と制御不能の原子炉が生み出されるのだ。

TO BE CONTINYED

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