原発のない社会をめざして 構造同じ、「基地」の論理と「原発」立地の論理

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構造同じ、「基地」の論理と「原発」立地の論理

元沖縄県知事の大田昌秀氏」の言葉です。






沖縄には原子力発電所がありません。私は以前から原発建設に反対してきました。広島・長崎を見てきて、また自らの戦争体験から、ひとたび事故が起きれば戦争のように想像を超える悲惨な状況になるという実感がありました。特に沖縄のような小さな島は逃げ場がないし、観光産業にとっても事故は致命的な打撃になるのです。

日本の防衛を考えてみても、この小さな島国に54の原子力発電所があることは問題です。敵国のミサイルが命中したらどこへ逃げるのでしょう。何事もいまへ効率ばかりが優先されますが、コスタリカやアイスランドのように地熱や水力などのクリーンエネルギーを利用すべきです。

沖縄は風が強いから、宮古島では風力発電を行っています。沖縄には40余りの人が住む離島があって、各島で風力発電をしたほうが、原発を造るよりずっといい。久米島では海洋深層水を採取していて、今後は表層部と深層部の海水の温度差を利用した海洋温度差発電にも期待が持てます。

東京電力は東京ではなく地方に原発を置いてきました。僕らから見ると、これはいかにも沖縄に対する日本政府のやり方と似ています。進駐軍が日本に来る際、日本政府は嘆願書のようなものを出しました。それには進駐軍も基地も東京からできるだけ遠く離れた場所に置いてほしいと書かれてあった。戦争で犠牲になった沖縄のことは一言も書かれなかったのです。

知事在職中、(普天間飛行場の移設先に挙げられた)名護市辺野古の主婦から「普天間は人工が多いから人の少ない辺野古に基地を移せというのは、辺野古の人間の命を軽く見ているのではないか、命は平等ではないか」と言われました。

これはまともな理屈であって、原発を地方に置いて、「経済的なメリットを与えるから問題は認めて」というやり方はおかしい。痛みを引き受けようとしないで、よそに負担させて平然としているのです。

本当に安全で人間らしく生きるために必要なものなら、まず自分の所に造るべきです。感性が豊かな日本人になぜこうした鈍感さがあるのか。それを考える非常にいい機会だと思います。
(アエラ臨時増刊号 「原発と日本人」より転載)

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