原発のない社会をめざして 「命令者」と「被命令者」の悪しき構図が招いた過ち

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「命令者」と「被命令者」の悪しき構図が招いた過ち

ノンフィクション作家の保阪正康氏の意見です。







私は今まで原発に関して意見を表明したことはなく、まったく白紙の状態で事故の情報に接しました。そこで感じたのは、一口に東京電力と言っては問題がぼけるということです。

東電の中でも原発部門は仲間意識の高い、独特の空間を作っていると聞きます。原発は約30%の電力を供給していますから、社内では強い立場でしょう。安全神話のもと、情報や人事の閉鎖性、密閉性があるのではないでしょうか。情報の出し方が恣意的にコントロールされているように感じます。

日本軍には参謀本部作戦部という組織がありました。外部から口を挟ませず、閉鎖的で人事も独自に行う特殊な空間でした。そこに太平洋戦争が凝縮しています。原発事故も同じではないかと思います。閉鎖的な組織にメスを入れなければ問題は見えてきません。

事故で思い出したのはイギリスのチャーチルの言葉です。第一次大戦後、彼は、これからの戦争は悲惨なものになると断言しました。飛行機や戦車、それに化学兵器の登場によって、作戦本部で指令を出す軍人と、命じられるままに遠く離れた戦場で毒ガスを浴びる兵士に二分化するからです。太平洋戦争はその通りになりました。

研究者、技術者などの“原発エリート”と福島の現場で働く関連会社などの人たちは、この命令者と被命令者という20世紀の最も悪しき構図を具現化しています。命令する側は自分たちの過ちがどういう結果になるのか、現場に行って考えてほしいですね。

事故からは、閉鎖性、地域エゴなど、原発にいろいろな膿があることが明らかになりました。これらの膿を出さなくては今後のことは論じられません。

社会を維持するには反対勢力が必要です。議論がないと我々は欲望を膨張させてコントロールのきかないシステムを作ってしまう。今回は反対意見が社会にきちんと流れていなかったために、問題が隠蔽された形で肥大化したのだと思います。

原発だけをどうにかすればいいのではありません。文明、科学技術と向き合う私たちの態度にひそんでいるいい加減さ、無責任さ、そして社会の杜撰さを、根本から見直さなくてはいけないと感じています。
(AERA臨時増刊「原発と日本人」より)

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