原発のない社会をめざして 頻発していた原発事故

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頻発していた原発事故

ジャーナリストで、「はんげんぱつ新聞」の編集長に原子力資料情報室共同代表も務める西尾漠氏の言葉です。
以下は…FRIDAYの増刊号 福島第一原発「放射能の恐怖」全記録より転載です。







【頻発していた原発事故】

福島第一原発だけでなく、美浜原発蒸気噴出事故、JCO臨界事故など、国内ではこれまで多くの原子力事故が繰り返されてきた。特定非営利活動法人「原子力資料情報室」の共同代表である西尾漠氏が日本の原発事故についてこう語る。

「日本の原発事故は、これまでも頻繁に起きています。大きなものでは73年の美浜原発の燃料棒溶融事故、99年の敦賀原発の放射性物質漏洩事故、78年の福島第一原発のトラブルではその30年後に臨界事故があったことが明るみにでています。原子力安全・保安院は法律で義務づけられた原発事故だけを公表しているとはいえ、それ以外の細かな事故は世間の目に触れにくいのが実状です」

……「原子力資料情報室」では年に一回、「原子力市民年鑑」というすべての原発事故を網羅した書籍を出版しています。

「原子力事故の評価の尺度である国際原子力事象評価尺度(INES)にしても、あくまで放射性物質の外部放出が評価基準で、多くの事故にはまったく触れていない。そこで原発に関する事故なら、どんな些細なものでもすべて公表しようと、この年鑑を出すようになったんです。

……西尾さんが原発の恐ろしさを訴え始めたきっかけはなんですか?

「私が原発の恐ろしさを初めてリアルに感じたのは79年のアメリカ・スリーマイル島原発事故でした。当時、日本の原発推進派の人たちは『日本の原発とは原子炉の型が一緒だが、会社が違う』などと“違い”ばかりを強調していました。『アメリカの原発はダメだが、旧ソ連の原発は大丈夫』と言う人もいたんです。もっとも86年のチェルノブイリ原発事故は、そうした『ソ連製原発神話』を吹っ飛ばしてしまいました。日本ではその2年後に日比谷公園で2万人の大集会が行われるなど、今と同じくらい、反原発の気運が高まり、一時は原発法制定に向けた動きも盛んでした」

……結局、政治は動かず、反原発運動も下火になってしまいました。今回の福島の事故を受けて感想は?

「東京電力の体質は昔からまったく変わっていません。前述の美浜原発、敦賀原発事故の発覚はいずれも内部告発によるものでしたし、柏崎刈羽原発も事故後の総点検で臨界事故を隠していたことがバレている。そうした隠蔽体質は今回の福島第一原発事故の対応にも如実に現れています。東京電力は国策民営会社ですから、『国がやれというからやっている』という意識が強い。国と電力会社の共通の利害が一致することが良しという考えがトラブル隠しの背景にあるのだと思います」

……今、我々に求められていることは?

「福島第一原発事故を受けて、反原発の世論の高まりがある。将来的に原発をすべて廃止するという現行法の制定について考えましょう。世論次第では、今度こそ政治が動くかもしれません。

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