原発のない社会をめざして 宗教と原発 自分と欲望を省みよう

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宗教と原発 自分と欲望を省みよう

またしても…古い記事になってしまって恐縮ですが、朝日新聞の社説に素晴らしい意見が掲載されていました。
以下は…転載です。






【宗教と原発 自分と欲望を省みよう】
朝日新聞 2月22日

福島第一原発の事故を境に宗教界が原発に厳しくなっている。日本キリスト教協議会や日本カトリック司教団が脱原発の声明を出し、全日本仏教会は宣言で持続可能エネルギーへの転換を訴えた。

個人の立場での発言も相次ぐ。浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)の大谷光真門主は1月、本山で宗祖・親鸞の750回忌法要を終えて、原発事故について述べた。

「自然の調和を破り、後の世代に大きな犠牲や負担を強いることになりました。これは肥大した人間の欲望のもたらしたところであります」

26年前のチェルノブイリ原発事故後に、反原発で動いた宗教家はいた。が、それも一部にとどまり、宗教界あげてのうねりにはならなかった。

福島の事故後は信者らも離ればなれになり「社寺や教会の再建の見通しが立たない」という現場からの声が相次ぐ。保守的とされる指導層も沈黙を続けられなくなった。

ただ、原発に依存しないといっても、具体案はせいぜい境内地への太陽光パネルの取り付けや、雨水の再利用などにとどまる。「反原発」や「脱原発」をはっきり打ち出さないメッセージも多く、反対運動を続ける住職からの評判は「政財界に遠慮している」と芳しくない。

それでも私は、宗教界からの発信は意義深いと思う。

原発をめぐっては、地方と中央、被害と加害といった二項対立の構図が浮かび上がった。もちろん、事故を起こした電力会社や国などの責任は徹底して問われなくてはならない。でも、「よりよい暮らし」を目指し、欲望を膨らませてきた私たち一人ひとりに責任はなかったか。

今回の事故では、人間が線引きをした立場を超え、目に見えない放射線被害が広がっている。いわば、みんなが被害者になる可能性がある。将来世代も巻き込んだ息の長い対応は避けられそうにない。

多くの宗教は、私たちを取り巻く自然や命を「預かりもの」と説き、未来へ引き継ごうと諭す。欲望の赴くままに私たち世代だけが資源や食べ物を浪費し、次の世代にツケを回してよいわけがない。

西日本の原発が20日に全て止まり、4月末には全国で稼働ゼロになるかもしれない。発電が減れば節電しかなく、現実問題として「小欲」の暮らしが迫りつつある。

欲望を抱えて生きていく自分たちへの省察は、原発事故を起こしてしまった世代として、最低限の作法だと思う。(森本俊司編集委員)

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