原発のない社会をめざして 日本の原発事故年表②

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本の原発事故年表②

前回の続きです。






1995年12月8日「高速増殖炉もんじゅ」 
2次主冷却系の温度計の鞘が、設計が不適切だったため、液体ナトリウムから受ける負荷に耐えられずに破損。漏洩したナトリウムが空気に反応して炎上した。この事故により、もんじゅは2010年5月までの約15年間、運転停止を余儀なくされた。

1997年3月11日「東海村動燃再処理工場」 
低レベル放射性廃棄物の処理用水をアスファルトと混ぜてドラム缶に充填している際に、火災が発生。スプリンクラーによる放水でいったんは鎮火したが、その後の冷却が不十分だったことから、約10時間後に爆発、炎上。放射性物質が漏洩した。

1998年2月22日「福島第一原発」 
定期検査中の4号機で、制御棒137本中の34本が一気に15㎝ほど脱落。圧力容器内の圧力を抜くための安全弁が開いたことが原因とみられるが、一度に大量の制御棒が抜け落ちたことから、従来型の沸騰水型軽水炉にまつわる構造上の問題が指摘されている。

1999年6月18日「志賀原発」 
1号機を定期検査中、弁操作を誤り、制御棒3本が引き抜かれた。その後15分間、臨界状態が継続。原子炉自動停止信号が発生したが、制御棒が入らず緊急停止装置が機能しなかった。事故に関するデータは改ざんされ、07年まで隠蔽された。

1999年7月12日「敦賀原発」
原子炉格納容器内に1次冷却水約89tが漏れたことから、格納容器内に水蒸気が充満。火災報知器が鳴り響く事態となり、原子炉を手動で緊急停止した。格納容器のちりから出る放射線の量は一時、通常値の23倍まで上昇した。1次冷却水漏れとしては、91年の関西電力美浜原発2号機事故(55t)を上回り、過去最高だった79年の関西電力高浜原発2号機事故(95t)に匹敵する量だった。

1999年9月30日「東海村JCO」 
INESレベルを「4」とされた事故。核燃料加工施設JCOの東海事業所で、作業員3名が核燃料を加工していたところ、ウラン溶液が臨界状態に達し、核分裂連鎖反応が発生。中性子線などの放射線が約20時間、大量放射され、近隣住民をパニックに陥れた。至近距離から多量の中性子線をまともに浴びた作業員は、3名中2名が死亡。死因はいずれも多臓器不全だった。事故原因は、効率優先でマニュアルを無視した、JCOの杜撰な作業工程管理にあった。

TO BE CONTINUED

人気ブログランキングへ
↑原発を止めたい方 クリックをお願いします↑
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

海空居士

Author:海空居士
当ブログはリンクフリーです。トラックバックや転載等もご自由に。
コメントも大歓迎です。興味深い情報があれば教えてくださるとありがたいです。
ツイッターもやっています。フォローやリツイートもしてくださったら嬉しいです。
心ある人達の連携で、なんとか危険な原発を止めましょう。どうぞよろしくお願いします。

カウンター
カテゴリ
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
月別アーカイブ
原発関係リンク
お世話になっているサイト
最新トラックバック
ツイッター
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。