原発のない社会をめざして 牛は原発事故の生き証人 拒む殺処分「証拠隠滅に等しい」

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牛は原発事故の生き証人 拒む殺処分「証拠隠滅に等しい」

少し前に、福島の酪農農家の吉沢さんという方の動画をご紹介いたしました。
福島原発事故から9ヶ月後の警戒区域
この方の事を、東京新聞が記事にしていましたので転載いたします。







【牛は原発事故の生き証人 拒む殺処分「証拠隠滅に等しい」】
東京新聞 8月25日

■闘う浪江町「希望の牧場」 大学と連携 被ばくの影響把握へ

福島県浪江町の警戒区域で、放射性物質に汚染されて出荷できなくなった三百頭以上の肉用牛の飼育を続けている男性がいる。「希望の牧場・ふくしま」の吉沢正巳代表(五十八)だ。国は同区域の家畜を殺処分するよう求めている。しかし、吉沢さんはそれを拒み続けている。「絶望ばかりのこの場所で、原発事故の意味を問うていきたい」。被ばくも辞さず、あえて牧場にとどまる意味を聞いた。

「被ばくした牛の動物園みたいなもの。殺されずに、寿命まで餌を食べ続けられるんだから」。牛舎で体を横たえている牛たちの前で、吉沢さんはそう切り出した。

開放的な牧草地が広がり、奥に牛舎や吉沢さんの新築してから四年の自宅がある。青空の下で牧草をはむ牛たち。見た目はどこにでもある牧場の風景だ。放射能の影響を体で感じるはずもない。牧草地に散らばった牛の白い骨がわずかに事故があったことを物語る。 同県南相馬市との境に広がる「希望の牧場」は、東京電力福島第一原発から北西約十四キロの地点に位置する。今年四月から、三十二ヘクタールのうち同市の四ヘクタールが居住制限区域となって出入りが自由になったが、残る二十八ヘクタールは立ち入りに許可が必要な警戒区域のままだ。

事故当初に比べれば下がったとはいえ、空間放射線量はいまも毎時四~五マイクロシーベルト。そこで吉沢さんはボランティアたちと牛の世話を続けている。

昨年三月十四日、十二日の1号機に続いて3号機が水素爆発。同町の住民の多くが避難し、吉沢さんも一緒に暮らしていた姉とおいを千葉県に避難させた。自身は牛の餌やりを続け、十七日からは上京して東京電力の本店や霞ヶ関の中央官庁を抗議して回った。

「当時は牛のことばかり考えていて、自分の被ばくの危険性は頭になかった。それより牛に経済的な価値がなくなり、牧場経営が終わってしまったことに腹が立った」
 
場入り口のタンクに書かれた「決死救命団結」のスローガン。事故当時の気分を記した。

「そのころ、東電が原発から撤退するという報道があった。頭に来た。死ぬ覚悟で国民の命を救え、と言いたかった」

吉沢さんが東京に出かけたころ、牧場では運営会社の「エム牧場」(福島県二本松市)の村田淳社長が約三百三十頭の牛を牛舎から放った。放牧すれば、辺りの水を飲んだり、草を食べたりして、何とか餓死を避けられるだろうと考えた。

福島に戻った直後、吉沢さんは迷いながら牧場に三日に一回のペースで通っていた。

「牛舎につながれ、ミイラ化した牛が町のあちこちにいた。すごい臭いだった。餌やりを続ければ、こちらも被ばくするし、そもそも売り物にならない牛を生かす必要があるのかという迷いがあった」

村田社長らと議論を重ねた末、吉沢さんは牛を生かそうと決めた。

「汚染された水や草をとり続けた牛を調べれば、被ばくの正確な状態が分かるはず。牛たちは原発事故の生き証人、役に立つんだと思った」

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